日御碕稲荷神社


■御祭神

宇迦御魂命(ウガノミタマノミコト)
 素戔嗚命の御子。京都伏見稲荷大社の主祭神 素戔嗚命の御子。京都伏見稲荷大社の主祭神
 穀物の神・五穀豊穣・商売繁盛・家内安全

猿田彦命(サルタヒコノミコト)
 天孫邇邇芸命(ニニギノミコト)が降臨する際に、道案内を務めたという古事から、物事を導く神、道の神。警視庁にも交通安全の守護神として祀られている

太田命(オオタノミコト)
 垂仁天皇の御代、伊勢に到着した倭姫命に、五十鈴川上を天照大御神の鎮座の地(現在の伊勢神宮)であると教示し土地を献じた 五十鈴川上の地主神
 猿田彦命の御子

■由緒

建立年代不詳。ただし享禄四年(一五三一年)、宝暦二年(一七五二年)の遷宮記録あり。

その後の社号書上書写には「波加佐神社 今若宮御先社」、元禄三年(一六九〇年)以降の棟札写は「日御碕大明神御社」、寛永九年(一七九七年)以降は「若宮御先社」と記載がある。

*貞享三年(一六八六年)差海川の開通により神門水海の湖面水位が下がり干拓耕地化が進んだことにより、地域の人々が日御碕神社の分霊を勧請して氏神としたのではないか?という説が見られる(平成十二年刊行「湖陵町誌」より)

*「波加佐神社」は、出雲風土記に三社記載されており、当社がその一社であるとの言い伝えがある(昭和四十五年刊行「湖陵町誌」より

*享保二年(一七一七年)に刊行された運陽誌には「御先社」として記載がみられる。

明治四十二年五月二十一日に、旧松川村にあった松川神社と共に三部八幡宮に合祀。この時の社殿は本要寺に譲渡され、現在も同寺境内に建立されている。

合祀前の日御碕神社の祠(本要寺)

合祀以前の日御碕神社の祠(本要寺)

昭和十五年十月二十七日、東三部下組住民の強い希望により合祀した分御霊を「日御碕稲荷社」として勧請し現在に至っています。
あらためて勧請したのは、この地で立て続けに不幸が起こったことが理由と伝えられています。
願い主 五十殿萬市 氏
区長  春日重次郎 氏
大工 中尾秀市 氏
石工 古村宗一郎

昭和五十五年四月六日 社殿改築遷宮(軸立遷宮)
願い主:江角 栄 氏
江角 建 氏
の記録あり

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