三部八幡宮について


由緒

年月日不詳ではありますが、文治年間(1185年〜1190年)に宇佐八幡宮より勧請されたと云い伝えられております。

永正十六年(1519年)十一月十日、地頭亀井上綱守より糸賀五郎左エ門丞盛幸が当社の神主を任じられました。宮司を務めている糸賀の祖にあたります。
永禄二年(1559年)小野広道(第十二代神西三郎右衛門)による再建の棟札があり、天正年間(1573年〜)には地頭小笠原家の横尾日出城主の守護神として祈願されていました。

明治五年に村社となり、明治三十九年四月 勅令第九十六号により明治四十五年三月十三日島根県告示第百二十七号により神饌幣帛料を供進することのできる神社となりました。
明治四十二年11月28日に山陰線敷設のため、西三部的場山にあった松川祇園社、東三部日御碕にあった若宮日御碕社を合祀して今日に至ります。

主祭神である八幡神(やはたのかみ/はちまんしん)は、誉田別命(ほむたわけのみこと:応神天皇)の御神霊です。

誉田別命を主神として気長足姫命(おきながたらしひめ :神功皇后/誉田別命の母)、足仲彦命(たらしなかつひこのみこと :仲哀天皇/誉田別命の父)を八幡三神としてお祀りしています。

八幡神は、古くから清和源氏、桓武平氏など全国の武家に「武運の神」「弓矢八幡」として崇敬を集めてきた神様で、当社も歴史的に武家の祈願社であり「勝負運」「厄除け」「開運」「交通安全」「仕事運」の神様として崇敬されてきました。

また、誉田別命の母である気長足姫命は「家内安全」「安産」「子育て」「教育」の神様として崇敬されています。

また、合祀した松川祇園社の御祭神である素戔嗚命 稲田姫命を相殿に 蘇民将来神を境内の石神様としてお祀りしております。


三部八幡宮のお祭り

1月1日歳旦祭 
2月1日荒神祭 
2月3日節分祭
旧暦2月11日祈年祭・火祭り
4月第一日曜日日御碕稲荷神社 春祭り 
旧暦 6月15日夏祭(旧松川祇園社 例大祭)
7月末 日曜日金刀比羅神社・恵比寿神社 夏祭  
10月15日例大祭
11月23日 献穀祭 
12月31日除夜祭・大祓 

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